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「足利氏満」~第2代鎌倉公方・将軍家との確執を生む~
「足利氏満(あしかがうじみつ)」は、第2代鎌倉公方を務めた人物です。在職期間は正平22年/貞治6年5月29日(1367年6月26日)~ 応永5年11月4日(1398年12月12日) 父「足利基氏」と母「畠山家国」の娘との間に生まれました。 【生涯】 正平22年/貞治6年(... -
「足利基氏」~鎌倉公方の初代~
「足利基氏(あしかがもとうじ)」は、室町幕府初代将軍「足利尊氏」の四男として生まれ、母は「赤橋登子」です。初代鎌倉公方を務め、在職期間は、(1349年10月21日~1367年5月25日)で後世の古河公方の祖でもある人物です。 【生涯】 「観応の擾乱」によ... -
「安達長泰」~大曾禰を名乗る~
「安達長泰(あだちながやす)」は「安達時長」の嫡男として生まれました。安達氏の庶流で、所領である大曾禰荘(現在の山形県山形市)から苗字を取り、大曾禰を名乗り「大曾禰長泰」とも呼ばれています。 【生涯】 史書「吾妻鏡」の記載によれば、初めて... -
「安達義景」~父からの地盤を更に強化し次代の泰盛で全盛期へ~
「安達義景(あだちよしかげ)」は、父「安達景盛」の嫡男として生まれました。子に第8代執権「北条時宗」を支えた「安達泰盛」、時宗の妻となった「覚山尼」などがいます。 【生涯】 義景は父の景盛、子の泰盛と違い「盛」の字が使われず、「景」の字と「... -
鎌倉「由比八幡」~元八幡宮・鶴岡八幡宮発祥の地~
今回ご紹介するのは、鎌倉「鶴岡八幡宮」の前身となっていた「由比若宮(元八幡宮)」です! 鎌倉観光に初めて行かれる方はほとんど「鶴岡八幡宮」へお参りされるのではないでしょうか? ここ「由比若宮(元八幡宮)」は、鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」より... -
鎌倉「延命寺」~時頼夫人と裸地蔵~
鎌倉「延命寺」は浄土宗のお寺で、鎌倉幕府第5代執権「北条時頼」夫人が建てたと言われています。 運慶作と言い伝えられる「木造地蔵菩薩立像」は、夫人の守護仏とされ、袈裟を纏っているが、袈裟の下は裸として彫られている裸像です。 本尊「阿弥陀如来... -
「鎌倉十橋」
「鎌倉十橋」をご存知ですか?ご存知の方は、かなり鎌倉が好きな歴史通ですね! 鎌倉には「鎌倉五山」や「鎌倉五名水」、「鎌倉十井」などと数字と共に名付けられた史跡が存在しています。地味ですが、こういった史跡の裏には鎌倉の歴史が隠れていて面白い... -
「乱橋」~鎌倉陥落のきっかけとなった伝承を持つ~
鎌倉十橋の一つ「乱橋(みだればし)」は、「源頼義」が創建し「鶴岡八幡宮」の基となった「元八幡宮」近くの「水道道交差点」、「妙長寺」の直近にあります。 【歴史】 現在は「乱橋」の石碑が建つのみで、橋標が設けられています。橋は滅茶苦茶小さいの... -
鎌倉「巽神社」~古の二代将軍と関わりを持つ小さな社~
鎌倉「巽神社(たつみじんじゃ)」は近くにある鎌倉五山第3位の「寿福寺」との鎮守として、その昔、巽荒神と呼ばれ崇められていました。 「坂上田村麻呂」が蝦夷への遠征の際、葛原岡に創建し、さらに「源頼義」が東北の奥州遠征の際、神社を改築したと伝... -
「安達景盛」~将軍実朝・政子の側近として活躍した~
「安達景盛(あだちかげもり)」は、「安達盛長」のとして生まれ、「源実朝」や「北条政子」を支える側近として活躍し、鎌倉幕府内での安達家の地位を向上するなど権力の地盤を築いた人物です。 【生涯】 父「安達盛長」は鎌倉幕府初代将軍となった「源頼...