鎌倉「由比八幡」~元八幡宮・鶴岡八幡宮発祥の地~

元八幡宮の本殿

今回ご紹介するのは、鎌倉「鶴岡八幡宮」の前身となっていた「由比若宮(元八幡宮)」です!

鎌倉観光に初めて行かれる方はほとんど「鶴岡八幡宮」へお参りされるのではないでしょうか?

ここ「由比若宮(元八幡宮)」は、鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」より以前の武将「源頼義」、「源義家」親子により創建されました。
鎌倉のメジャースポットを制覇された方は、少しマニアックな鎌倉の路地裏を散策されてみてはいかがでしょうか???

目次

参道

元八幡宮の参道

「由比若宮(元八幡宮)」は、元々その名の通り由比海岸、海に接していた神社だったようですが、現在は住宅街の中にあり、少し分かりにくいかもしれません。
現代の住宅街の中に、旧い参道が残されていて歴史の雰囲気を漂わせています。

「鎌倉駅東口」からバスが出ていて(鎌41  鎌40  鎌12  )、「元八幡」バス停で降りて徒歩1分です。

鳥居

元八幡宮の鳥居

「鶴岡八幡宮」の跡地ということで、結構さびれてしまっているのかな?なんて思っていたのですが、ちゃんと社務所もあって(写真左手あたりに社務所があります。)境内も手入れされており綺麗な状態でした。

この地域を守る神様として大切にされているのが伝わってくるようでした。

本殿・元八幡宮の歴史

元八幡宮の本殿
歴史

「由比若宮(元八幡宮)」は,「源頼朝」の先祖にあたる「源頼義」、「源義家」親子が、「前九年の役」(1051~1062年)で奥州に勢力を持っていた安倍氏(安部氏の反乱)を討伐しました。(ちなみにこの時安部氏側の勢力にいたのが「藤原清衡」で、ボロ負けするも後に頼朝の脅威となる奥州藤原氏の基礎を築き上げた人物でした。)

「源頼義」は「前九年の役」に遠征する際、源氏の氏神として崇める京都の「石清水八幡宮」に戦勝祈願を行いました。
戦後、勝利のお礼として、康平6年(1063)に、由比の地(由比郷)に京都「石清水八幡宮」を勧請し、「由比若宮」としました。

源氏の氏神である八幡宮を勧請することにより、鎌倉が源氏にとって重要な地になり、頼朝以前から源氏にゆかりのある地であったようです、頼朝もそんな歴史ある鎌倉に幕府を開くことに決めたのかも知れません。

治承4年(1180)10月6日、「源頼朝」は伊豆での流人生活中に、平家打倒の挙兵をすると、安房国(現在の千葉県)から兵を率いて鎌倉に入り、このとき源氏ゆかりの由比八幡に最初に訪れています。
それほど、「源頼義」から続く歴史を重要視していたことが分かります。

その後、治承4年(1180)10月21日、「源頼朝」が「由比若宮(元八幡宮)」を遷座し、現在様々な人が観光に訪れる「鶴岡八幡宮」となりました。

源義家ゆかりの「旗立の松」

源義家の旗立ての松

「前九年の役」に続き、奥州での合戦となった「後三年の役」に向かう際、「源義家」が立てたと言われる「旗立の松(はたたてのまつ)」があります。
昔は立て看板に旗立の松と記載があったのですが、削り落としてしまってあります・・・何か新しく判明したのでしょうか?

「源頼義」が大将となって奥州へ遠征した「前九年の役」、「源義家」が遠征した「後三年の役」とこの頃から奥州と源氏の関係が発生していました。

後々、「源頼朝」が「藤原秀衡」の存命中は手を出せなかった「奥州藤原氏」が生まれていくきっかけとなった歴史が、鎌倉の「由比若宮(元八幡宮)」にひっそりと佇んでいます。

「由比若宮(元八幡宮)」の歴史を知って参拝してから「鶴岡八幡宮」へ参拝すると、また違う気持ちで、鎌倉観光が出来るかも知れません!

ぜひ鎌倉や歴史好きの方はお参りしてみて下さいね!

「由比若宮(元八幡宮)」基本情報

住所 神奈川県鎌倉市材木座1-7

創建年1063年

アクセス「鎌倉駅東口」よりバス「元八幡」下車徒歩1分(鎌41 鎌40 鎌12 )、徒歩の場合「鎌倉駅東口」より約15分

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