鎌倉に関する人物– category –
-
「北条政子」~尼将軍・頼朝の正室~
「北条政子(ほうじょうまさこ)」保元2年(1157年)~ 嘉禄元年7月11日(1225年8月16日)は、鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」の妻となった人物です。 子に、第2代将軍「源頼家」、第2代将軍「源実朝」がいます。 父は「北条時政」、兄弟に「北条宗時」、第2代... -
「北条重時」~鎌倉幕府第2代連署・極楽寺流北条氏の祖~
「北条重時(ほうじょうしげとき)」は、鎌倉幕府2代執権「北条義時」の3男。母は「比企朝宗」の娘「姫の前」、兄弟に「北条泰時」や「北条朝時」がいます。 極楽寺流北条家の祖となった人物です。子に第6代執権「北条長時」、第6代連署「北条義政」、第7... -
「北条宗時」~時政・義時とともに頼朝を支えた~
「北条宗時(ほうじょうむねとき)」は、」生年不明 - 治承4年8月24日(1180年9月14日)、始め平氏側に付き、後に源氏側として「源頼朝」とともに戦った人物です。 父は「北条時政」。兄弟姉妹に「北条政子」、「北条義時」、「北条時房」などがいます。 ... -
鎌倉幕府執権を務めた「北条氏」の人物まとめ
「執権(しっけん)」は、鎌倉幕府の実質上の最高責任者の職名。鎌倉幕府将軍を補佐し、政務を統轄する重要なポジションでした。 一般的なイメージとして、鎌倉幕府初代の「執権」は、1203年(建仁3年)に「北条時政」が、娘である「北条政子」の子であっ... -
「北条貞将」~鎌倉幕府第17代執権~
「北条貞将(ほうじょうさだゆき)」は、鎌倉幕府第17代執権を務めする説がある人物です。 父は、鎌倉幕府15代執権「北条貞顕」、母「北条時村」の娘の子として生まれました。 倒幕の気配が高まる中で各地を転戦し、最後は「新田義貞」に敗れ、父と共に最... -
「北条守時」~鎌倉幕府第16代執権・血は足利家に引き継がれる~
「北条守時(ほうじょうもりとき)」は、鎌倉幕府第16代執権を務めた人物です。(在職期間:1326年~1333年)。 鎌倉幕府第6代執権「北条長時」は曾祖父にあたり、父は赤橋流「北条久時」。 鎌倉幕府を滅亡させ、室町幕府初代将軍となった「足利尊氏」は妹... -
「北条貞顕」~鎌倉幕府第15代執権(第12代連署)~
「北条貞顕(ほうじょうさだあき)」は、鎌倉幕府第15代執権、第12代連署を務めた人物です。(在職期間:1326年4月19~1326年4月29日) 金沢流北条氏の父「北条顕時」、母「遠藤為俊」の娘である「入殿」の子として生まれました。 【生涯】 貞顕という名前... -
「北条高時」~鎌倉幕府第14代執権~
「北条高時(ほうじょうたかとき)」は、鎌倉幕府第14代執権を務めた人物です。(在職期間:1316年~1326年)。 第9代執権「北条貞時」の子として生まれました。祖父は第8代執権「北条時宗」です。 【生涯】 嘉元元年12月2日(1304年1月9日)、「北条貞時... -
「北条基時」~鎌倉幕府第13代執権~
「北条基時(ほうじょう もととき)」は、鎌倉幕府の第13代執権を務めた人物です。(在職期間:1315年~1316年) 「普恩寺 基時(ふおんじ もととき)」とも呼ばれています。 父親は普恩寺流「北条時兼」子に鎌倉幕府滅亡前、最後の六波羅探題北方となった... -
「北条煕時」~鎌倉幕府12代執権~
「北条煕時(ほうじょうひろとき)」は、鎌倉幕府12代執権を務めた人物です。(在職期間:1312年~1315年) 父は「北条為時 」、第7代執権「北条政村」の曾孫にあたります。母は第9代執権の「北条貞時」の娘です。 【生涯】 弘安2年(1279年)、「北条為時...