鎌倉「長楽寺跡」~頼朝を弔うため妻の政子が建てた大寺院跡~

鎌倉 長楽寺跡

今回訪れたのは、鎌倉「長楽寺跡」です。

「長楽寺」の歴史は、1225年鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」を弔うために妻「北条政子」によって笹目が谷(ささめがやつ)の地に建立されたのが始まりです。

この年に「北条政子」が亡くなり、鎌倉幕府の第3代執権であった「北条泰時」が伽藍を整備を引き継ぎ完成させました。

「長楽寺」後に政子の法名である「安養院」と名付けられたとする説もあり、「新田義貞」らの鎌倉幕府討伐によって、火災が起き、現在の「安養院」の地に移されたと言います。

「長楽寺」の跡地は後に加賀前田家の別荘となり、現在では前田家別荘を鎌倉文学館として開放し見学が可能です。

鎌倉 長楽寺跡

「長楽寺」は旧鎌倉長谷の字名の一つです。当初に所在した「長楽寺」が地名の由来とされています。

「長楽寺」は法然上人の弟子隆寛(りゅうかん)あるいは律宗(りっしゅう)の憲静(けんじょう)の創建と言われ、鎌倉幕府の4代執権「北条経時」の墓があったとされます。かなりの高僧がいた大寺院だったようです。

この長楽寺跡に旧加賀藩前田家第16代当主「前田利為(まえだとしなり)」によって昭和11年に別荘が建てられました。

高台から相模湾を一望できる美しい洋館は、三島由紀夫の小説「春の雪」に登場する別荘のモデルになりました。

その後は鎌倉市が譲り受け、昭和60年に鎌倉文学館として開館し、鎌倉文士の原稿、愛用品などを収集、展示しています。

鎌倉市設置の説明板より

長楽寺周辺の史跡スポットはこちら↓↓↓

住所〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1丁目4−4
拝観料なし
拝観時間なし
駐車場なし
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