「安達宗顕」~霜月騒動にて、叔父泰盛に殉じ自害~

「安達宗顕(あだちむねあき)」は、「安達顕盛」の子として生まれ、子には「安達時顕」がいます。

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生涯

「安達顕盛」が21歳の時に生まれた子供である。

弘安8年(1285年)11月17日、伯父で、元寇によるモンゴル帝国襲来の際、鎌倉幕府第8代執権「北条時宗」を支え活躍した「安達泰盛」と内管領「平頼綱」の対立による「霜月騒動」で安達一族が誅殺された際、叔父の「安達泰盛」に殉じて、遠江国(現在の静岡県辺り)で21歳で自害し亡くなりました。

安達一族が滅ぼされた「霜月騒動」の後年、永仁元年(1293年)の「平禅門の乱」で、第9代執権「北条貞時」らに「平頼綱」が誅殺された後、安達一族の復帰が許された際、宗顕の子「安達時顕」が幕政に参加し、安達氏を復権しています。

また、安達氏家督である「秋田城介」を継承し、時顕の娘は鎌倉幕府第14代執権「北条高時」に嫁いでいます。

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