鎌倉「本覚寺」~頼朝ゆかりの夷堂(鎌倉七福神)~

鎌倉 本覚寺の夷堂

こんにちは!今回ご紹介するのは、鎌倉駅東口から徒歩5~10分ほどの場所にある「本覚寺」です。

鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」にゆかりのある「夷堂」は鎌倉七福神に数えられているので、七福神めぐりの方は必見のお寺です。

「足利持氏」が建立し、日出上人へ寄進したお寺として知られ、鎌倉時代の政権は日蓮宗と関わることも多く、鎌倉の歴史に興味のある方にお勧めのお寺です。(本覚寺をはじめ、鎌倉駅東口側には日蓮宗のお寺が多くあります!)

目次

山門

鎌倉 本覚寺の山門

JR鎌倉駅東口側から行くと、こちら側の山門に出る方が多いかと思います。鎌倉時代~室町初期ころの建物は見た目は質素ですが、しっかりとした建築が魅力です。

仁王門

鎌倉 本覚寺の山門

こちらは、仁王像が安置されています。仁王像が安置されている所から、本来はこちらが表側の山門にあたるのかなと思います。
車がビュンビュン走る通りなので、観光の際は気をつけて下さいませ。

ちなみに山門前には鎌倉十橋の一つ「夷堂橋」があります。

吽形像・阿形像

鎌倉 本覚寺の仁王像

「吽形像・阿形像」が安置されている「仁王門」。

こちらは「吽形像」です。綺麗に撮るのが非常に難しい・・・カメラ上手な人を尊敬します・・・

鎌倉 本覚寺の仁王像

こちらは「阿形像」です。暗くて怖い感じになっちゃった・・・オーマイガッ!

本堂・歴史

鎌倉 本覚寺の本堂
歴史と由来

鎌倉「本覚寺」は、日蓮宗のお寺で、「日出上人」により、永亨八年(1436)に創建されました。
「足利持氏」が鎌倉の夷堂(七福神の恵比寿様を祀ってあるお堂)が建てられていた場所へお寺を建てて「日出上人」に寄進しました。
文永11年(1274)に佐渡流罪を解かれ鎌倉に戻った「日蓮上人」は、「本覚寺」の夷堂に滞在して布教を行ったと言われています。
その後、山梨県の身延山に入って「久遠寺」を建立し本核的に日蓮宗の布教を行い、東京都大田区の「池上本門寺」で亡くなっています。
「本覚寺」の分骨堂には、身延山から分骨した「日蓮上人」の遺骨が納められています。本尊は「釈迦三尊」で
夏も終わるころの9月、サルスベリが咲き美しいことで知られ、このサルスベリは樹齢100年以上と言われています。

日蓮上人分骨堂

鎌倉 本覚寺の日蓮上人分骨堂
分骨堂

 鎌倉「本覚寺」は、日朝上人が目の病気に罹ってしまった際、法華経と自らの回復力により治してしまったため、目の病気にご利益のあるお寺として「日朝さま」と呼ばれ親しまれています。

 のちに日朝上人が「身延山久遠寺」の第十一世となり、久遠寺から遠く参拝できない信者のため、ここ鎌倉「本覚寺」日蓮上人の遺骨を分骨し納めました。またこのことから「東身延」と呼ばれるようになりました。

 「本覚寺」に伝えられている「東身延」の額は、「松平定信」の筆によるものです。

夷堂・恵比寿様

鎌倉 本覚寺の夷堂
 キャプション

 「本覚寺」の夷堂は、鎌倉幕府初代将軍となった「源頼朝」が幕府を創設したとき、幕府の裏鬼門(南西)への鎮守として建立したとされ、天台宗系のものであったそうです。
 文永11年(1274年)に佐渡配流から帰った「日蓮上人」が一時期、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていたとされています。

鎌倉 本覚寺の恵比寿様

「鎌倉七福神」に数えられる「本覚寺」の「恵比寿様」です。
「鎌倉七福神」巡りをされる方は外せない観光スポットです!

しあわせ地蔵

鎌倉 本覚寺のお地蔵様

由来は分かりませんでしたが、可愛らしいので思わず写真に収めさせていただきました。

線香立ての上に、何故か1円が綺麗に並べられていました・・・まだ並べている途中のようだったので毎日お参りしている方がいらっしゃるのかもしれません!

見どころまとめ

鎌倉「本覚寺」はいかがでしたでしょうか?

見どころを簡単にまとめます!

本覚寺の見どころ

鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」にゆかりのあるお寺

鎌倉七福神の一つ「恵比寿様」がお祀りされている

日蓮宗のお寺で、日蓮が布教活動をした拠点としても使われていたことがある

仁王門の吽形像・阿形像」は迫力!

みなさんの鎌倉散策の参考になれば幸いです。

「本覚寺」基本情報

住所 〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町1-12-12
TEL 0467-22-0490
定休日 なし
拝観時間 拝観自由
拝観料 無料
駐車場 なし
アクセス JR鎌倉駅東口から徒歩3分

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