学校をサボる!?価値観と視点を変えてみよう!高校時代編

こんにちは。いきなりですが、学校をサボれますか???

今回は私の高校時代に学校をサボった頃のことを書いてみようと思います。

前回の「仕事をサボる」にも近いものがあるのですが、学生の内から今みたいな発想を持っていたら良かったなぁ~なんて思いますので、もし何かの参考になったら幸いです。

こうした話で不快になりそうな方、スルーしてくださいませ。

あくまで私個人の体験談ですので、参考にするもしないも自由です。

そういう風にご自身で考える力を付けていけると段々日々を快適に過ごせるようになっていくのではと思います。

それでは、書いてみます。

学校をサボることなど考えられなかった、真面目な高校生活

いつだったか・・・私が初めて学校をサボったのは高校三年生の大学受験真っ只中でした。

これを読んでくれている人の中に高校生はいるのでしょうか???

当時私がどういった心境で高校生活をし、どういった心境で高校を学校をサボったのか?

サボるなんて大したことでない人だって世の中にはたくさんいます。

しかし、親や学校などから学んだ価値観を強く自分のものとして握りしめていた私には「学校をサボる」なんていうことは考えられませんでした。

微妙な不良っぽい生徒もいましたが可愛いもので、一応進学校でしたし「学校をサボる」なんて生徒はあんまりいなかったです。

特に当時は父親の存在に怯えていましたので、そんなことをしたらどんな仕打ちを受けるだろうと思うと、二重の縛りで身動きが取れなくなっていたのでした。

今では心の葛藤も大分減りまして、そんな毎日を過ごしていたのは自分の判断決定によるものだったんだなぁ~なんて思えますが、当時は焦りや不安がどこから何から来るのか全く分からない状態でした。

例えるなら、常に暗闇から不意打ちが来るのではないかと警戒し怯えて、しかし油断した瞬間に不安に襲い掛かられるといったような心境でした。お~こわっ!!!

そんな心境で何かに不安を感じながら、勉強もたいしてできず、部活で活躍するでもなく日々を過ごしていました。

「高校受験」入学し「彷徨う毎日」

今思えば、高校へ入学したとき私の中で「学校のお勉強」は終わっていたのだとハッキリわかります。

賢いのか賢くないのか、かなりひねくれたいけ好かないやつでしたが今から振り返れば無意識にただ「学校のお勉強」をしていても私の望む状況へはたどり着けないと感じ取っていたのだと思います。

高校受験ではその頃の自分から見て、レベルを2段階あげたくらいの進学校を、2学期過ぎから猛烈に勉強し、なんとか合格しました。

自慢に聞こえたら申し訳ないのですが、もっと頭の良い方が良く学校からしたらどうか分かりませんが・・・そうして入った私にとっては「エリート学校???」の日々も全く楽しくなかったです。

本心から求めているものと違う方向へ努力したとき「心の葛藤」が起きるのだと感じます。

そうして無理なお勉強をして入った学校でしたので、毎日の「学校のお勉強」が苦しくて仕方なかったです、そもそも無理して頑張る時点で「やりたくないこと」じゃないですか・・・やれやれ(笑)

毎学期ごとにの「通知表」に怯えて過ごしていました(笑)

「大学受験」にいそしんでいる方は「高校レベル」の受験なんて大したことないじゃん!?って思うでしょうか・・・生きることは不思議でして「自分自身が変わるまで」同じことが何度でも形を変えて起きてきます。

当時私は「大学受験」をしないと自分が決めたのだと思っていましたが「大学受験」から、もっと言えば「心の葛藤」から「自分と向き合う」ことから逃げ出しました。それが「大学受験」をしないという形で出ただけだったのだと思います。

少しそれましたが、無理して「高校受験」をされた方はおそらく・・・自分の本当の気持ちと向き合う勇気を持てなかった場合「大学受験」でも無理した頑張りなんとか「合格」するか頑張り切れずに「浪人」するかして・・・高校生活で感じたかどうかわかりませんが、どこかむなしい満たされない毎日を過ごすことになるのだと思います。

そんなワケねーだろ!アホ!!!という方は、先にも述べました通り今すぐにこのページを閉じて、その自らの決意に従って生きて行ってください。

煽っているわけでなく「本気」で「そんなワケねーだろ!!!」って言える方は全く心配ないと思います。

次は「学校をサボった」あたりの話を書いてみようと思います。

高校生活、初めて「学校をサボり」罪悪感と安心を感じた日

真面目なふりをしていた割には「学校のお勉強」をあまりせず、「部活」なども入っているけど行ったり行っていなかったり中途半端でした。

そんな私にはあまり友達もいなく、空虚な毎日を過ごしておりました。

しかし、時間というのは無情にも過ぎていくものでして、ついにお待ちかねの多くの人がするべきと思っているだろう「大学受験」が迫ってきました。オーノー!!!

「大学へ入ったら遊んでやろう。」などと考えることもできないが「何に役立つかわからないが一生懸命やってみよう」とも思えないひ非常に中途半端な気持ちで生きていた当時・・・受験しないと言えば父親に何と言われるか分からないしひどいことをされるかも知れない・・・しかし行きたくない!!!

自分で思っていたより追い詰められていた私は唯一昼休みや放課後に、数少ない友人たちとゲームセンターで遊んで気晴らししてから帰宅する毎日でした。

そんな友人たちも「大学受験」する奴もいれば、進学校としては挑戦的な「専門学校」へ行くような奴もいました、その中の一人は現在外国で結構楽しく暮らしています。

「学校」というコミュニティーの中で、しかもほとんどが「大学受験」するなかで「自分の意志」を貫いたその友人は本当に尊敬しています。

まもなく私も胸を張って!?会うことが出来そうですが・・・この記事を読んでくれている方々は周り全員の理解がなくても自分を信じることが出来ますか?

当時の私は中途半端に「試練」を避けることしかできませんでした。

「親」から逃げ、勉強が全てではありませんが「大学受験」からも逃げ、その本質は「自分から逃げていた」です。

自分から逃げることは一生できません・・・(笑)

話を少し戻しまして・・・友人たちと遊ぶこともできないような日はすぐに家に帰って「勉強しろ!」と言われ嫌でした。

家を出る前から帰った後まで常に「憂鬱な気分」でした。

学校へ向かっていたある夏の日、ふと思いました・・・「あぁもう学校へ行きたくない。」

そう思いそのまま学校をサボり「図書館」へ行ったのを覚えています。

昔から本を読むことは好きでしたから「図書館」へ行こうと思ったのかもしれません・・・喫茶店へ行くとか当時の私の行動範囲には洒落た場所は一件もありませんでした(笑)

くそ真面目な世間知らずでしたので・・・はは。

しかし今思えば「学校をサボる」という「自分史上最大」のミッションを決行したのでした。

当時は「学校をサボったことは通知表の出席日数でばれるな・・・」と変なところだけは目ざとかったのを覚えています。

案の定その後、親から「なんで欠席日があるの???」と尋問されましたが(笑)

「行ってもいかなくても大して成績も人生も変わらないんだからまぁ良いじゃないの。」というのが今の心境ではありますが・・・当時は・・・ねぇ?

とにかく!「学校をサボった」私の心境は学校をサボったという「罪悪感」と今日は学校に行って帰ってという苦行を束の間休めるという「安心感」を感じたのでした。

それから2~3回は学校をサボっては「図書館」でボケっと過ごすということをしました。

今の私が同じ状況だったら「学校をサボって」「図書館で本を読みまくる」と思います。

学校で自分の希望と関係のない「お勉強」をするよりは1日10冊くらい「本を読む」方が断然良いです。

本は著書の「脳みその一部」みたいなモノですから当たりの本を読めたら儲けモンです。

てなわけで、「学校をサボった」私に起きたことは、今まで信じてきた「価値観」へ「ヒビ」が入ったことです。

あれ?親のいう事、学校の先生のいう事、全て正しいんじゃなかったの?「大学受験」は幸せな輝かしい未来への切符みたいなもんじゃなかったの?

でも「学校をサボって」今得ているこの「安心感」はなんなんだろう・・・なんてぼんやり思っていたような気がします。始まりは何でもこんなもんでしょう・・・劇的な変化を求めると大体こけます。劇的な変化は求め得て得られるモノじゃないです。

今思えばこれをきっかけに人生が変動し後々大変「苦労」するんですが、現在は「まぁ良かったかな、悪くないな」と思っています。

話がぼんやりしてきてしまったなぁ・・・

「学校をサボる」話を通して言いたかったこと

何が言いたかったかと言いますと、高校の頃の悩み彷徨っていた自分へ「あの時はそうするしかなかったし今それなりに良く生きているぞ!」と言うこと。そして。

今悩んで迷っている方が読んでくれているとしたら「今強く握りしめている価値観」が全てではないという事です。

「幸せに充実している」実感があるのでしたらそのまま生きて行かれると良いと思います。

そうしてそのような方にはこのブログは不要でしょう。

しかし、現在彷徨っているとしたら今自分がやっていることを「疑って」みてください。

「それって本当に自分が望んだことなの?」「本当は他人の為じゃなくて自分の為に生きて良いのかも?」とか何でもいいのですが。

それを知らずにやっていたのが、私の場合「学校をサボる」という事でした・・・「罪悪感」より「安心感」が強かったです。もう頑張らなくてもいいのかなぁみたいな感じで。

人それぞれですので「学校をサボる」のは私にあっていただけで「学校をサボる」ことに強い「罪悪感、不快感」を感じる人もいるかもしれません。

ただ人のまねをして上手くいかないとイラつくのは「学校のお勉強」そんままです。

ちょっと苦戦するかもしれませんが、自分なりの心が楽になるような私の場合の「学校をサボる」と似た何かを探してみてください。自分をないがしろにせず大切にしていれば「あなた自身」が「自らを大切にしてくれる」ます。

話が混乱するので上の話は何となく覚えておいてくだされば幸いです。突然聞いても信じられないと思いますし、高校のころの私が聞いたら「なんですかそれ???」と理解できなかったと思います。

親の学校の「価値観」を自分のものとして生きていた時は彷徨っていました・・・高校卒業後は親に学校に社会に「自分の不甲斐なさ」を「責任転嫁」して苦しみました・・・今はどうでしょうか?(笑)そのうちまた振り返って書いてみようと思います。

そして、先にも書きましたが、高校時代の友人の内の一人は「自ら考え」周りに流されることなく「自分の意志」を貫き「大学受験」とは違う自分の人生を切り開いていきました。かっけぇなぁ!おい!!!

大学へ行こうが、私の友人ように「学校のお勉強」と違う方向へ向かおうがどちらでも良いですし、生きることに「正解」はないです。

今回は「高校をサボる」という内容でしたが、高校生だけの問題ではありません、学生、社会人、ニートや引きこもり・・・目に見える状況が違くても「心の葛藤」は「同じようなタイプのもの」かも知れません。

今見れば「学校のお勉強」が優秀だった友人すべてが「幸せ」には見えませんし、お勉強が優秀でなくとも「幸せ」にしている人もいます。

大切なのは「自分の意志」を持ち「充実感、安心感」「過度の不安や恐怖」を感じない方向へ舵を切ることです。

それが出来ない限り一生彷徨うんだろうなと今ならわかります。

目に見えるモノ、周囲の人間や環境に惑わされないでください。しかし、勘違いして周りを憎んだり攻撃すれば全て自分に返ってます・・・というか返ってきました(笑)

今回の話で万人に一人でも、不安や迷いから抜け出し心地よく生きるための「参考」になれば嬉しいです。

当時高校生だった私の苦悩も学校をサボったことも報われるでしょう(笑)

他人をコントロールすることはできませんし、またコントロールされることもありません。

「自分の意志」を信じて生きて行きましょう。

最後まで読んでくれた方ありがとうございます。

文章を読める、人の話を聞けるというのは相当なアドバンテージですよ!!!

私も高校生の頃から今の様な思考回路があったらなぁ・・・なんて思います。

今くらい考えることが出来たら、色々チャレンジしまくったのになと今になって思います。

高校生の頃は分かりませんでしたが、今になって分かります。

子供という立場は徹底的に利用すべきです。

時間が有り余っているというのは、パフォーマンスMAXですよ。ホントに。

悩む時間が一番もったいなかったなぁと・・・

パワーの溢れる若いうちに猛烈にチャレンジして、動きながら悩めばよかったとホントに思います。

今からでもやれないことはないと思っていますが、気分よく生きる為に勉強は早く始めた方が楽なのは間違いないです。

それでは今回は以上となります。

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