考える考えない(7) 「捨てる」人生にこそ「得る」モノがある。

小池龍之介著「考えない練習」要約シリーズでございます。

前回は「食べる」ことでした。

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今回のまとめは

「捨てる」とは

ことです。掃除や整理整頓で大切なことはなんでしょうか?小池氏はモノを一回一回片づけることだと言います。

後で使うだろう物でも出しっぱなしにせず元の場所へ戻します。出しっぱなしにしているものはそれが目に見える度にそこに移ってしまい。
「脳」が情報処理をし始め色々と思い出すため余計な「考え」が出てきてしまいます。

特に現代人にとって大きなものはインターネット関係だとあります。モデムなどは使わないときは取り外しておくことをお勧めしています。

繋ぎっぱなしだと、すぐにネットにつなぐことが出来るので「心」が思い出して、メールやブログなどにまつわる記憶が呼び起され集中力を阻害してしまいます。面倒でも必要な時だけ出してつなぐ。メリハリをつけることが大切だとあります。

工夫としては、引き出しや押し入れに常にスペースを空けておくと良いとのこと。

物が増え過ぎないことは、持ち物を思い出して「執着心」を思い出すきっかけが減るので余計な「考え」を少なくして生きるのに大いに有効であります。

失うことへの恐怖が自身の普段を増す

「物を所有する」ということはどういうことなのでしょうか?その一つ目は「その物を強く心が覚えている」二つ目は「それを失うことに対し強い抵抗がある」ことだと言います。

「心」を観察してみるとこの二つのことが「所有する」という考えを形成しているようです。

物に対する強い記憶がない限り、抵抗感はありません。持っているんだという実感がなければ失ったも困らないとあります。
例えば実家に置き去りにされている。記憶にない洋服を捨てられても痛くもかゆくないでしょう。

つまり上に書いた二つの条件がそろって「所有」していると、表面上「意識」になくても水面下では「無意識」に沈んでいる物の「情報」が常に私たちの心をかき乱しているのでございます。

私たちには「不必要なものを溜め込む」という性質があるとのことで。例えばもう二度と読まない本がずっと本棚にあったり。

必要のないもの処分せず段々と物が増えて行ってしまう。こう言った「失いたくない」という恐怖が常に「心」を締め付けているようであります。

何年も着ないような衣類、子供の頃に遊んでいたおもちゃも押し入れなどに入れてあるかもしれません。

そういったものはいつか取り出し、着たり、思い出に浸ることもあるかもしれませんが、その日はやってこない可能性が結構高いような気もします。

ほぼ取り出さず、残りの人生で一度取り出すかどうかというものが、ずっと無意識下の「記憶」に残り「心」に負担を掛けているならどうでしょうか?(私も大分思いきって捨てまくったら大分気持ちよくいきられるようになりました。)

さらには、何かの拍子にしまい込んでいたものを見たり思い出したりするたびに「捨てようか、捨てまいか。」という「迷い」が生じて捨てレストなっていきます。

そうしていくうちに「迷い」は「失いたくない」という恐怖に変わって行ってしまい。増々「心」はがんじがらめに絡めとられて行ってしまいます。

しかし、何故「所有する」ことへの「迷い」がしょうじるのでしょうか?読んでいると私などは「持っていたいなら持ってりゃいいじゃないの。」と小声でツッコんでしまいます。

小池氏は、「人間には実は、モノをなくしてしまいたいという衝動をもっているのだ」と説きます。

はっきりと自覚できなくても人間は、物への「執着心」が「心」の負担を増やす元凶となることを知っているとのこと。
失うことへの恐怖や抵抗が増えるほど、気持ちよく生きられないとみんなしているのであります。

「捨てないでおいてある物」これが増えると、意識に上らない「情報」が増えて「記憶力」も減っていくようなのであります。

これが進むと、自分の「心」を認識しコントロールする力も衰えてしまいます。(私の体験としても物事への集中力がかなりなくなっていました。)

昔もらった手紙であったり思い出の品など、その存在に強烈な印象があるものほど、忘れたつもりでも「心」はちゃんと覚えていて、「どうしよう・・・」と思い「悩み」続けいるとのことであります。

これは、仏教でいう所の「無明」の領域を増やすと言います。「無明」とは、真実の光に照らされず、気が付かない「迷い」のことだとあります。自分が見えない所で「心」を蝕む情報が増えてしまいます。物をふやすことで「無明」の闇はどんどん広がっていくのであります。

コレクションするような方はよりこの、「無明」の領域が増えてしまいそうですね。

物を捨てられない。たくさん持っている人は「物を所有する」ことで「自分の価値が上がる」ような感覚があって、「捨てる」ことによって「自分の意価値が失われ、損なわれる」という所があるのではないかと思うのであります。

そうすると、持ち物によって、様々な「考え」や「記憶」を常に思い出し、刺激され「苦しみ」が増していくように思われるんであります。
人間関係やお金などにもその傾向がありそうなのでございます。

そしてモノへの「執着心」が大きく、無自覚にものを増やしていくと、必然的に人格が悪化していくと小池氏は述べます。

一般に立派な豪邸をもっていたり、大金を所持している人ほど、生活での「精神が不安定」であったりする傾向があるそうです。

では物などへの「執着心」を捨てるにはどうすればよいのでしょうか?

「捨てる」ことを訓練する

ここで小池氏は自身の体験を書いて説明してくれています。小池氏はいつも自転車にカギを掛けずに自宅に停めてあるそうです。

ですので、時々盗まれるそうです・・・その時に「あぁ誰か持って行った。」と放っておくそうです。

お金を落とした時にも、「お金を落としてしまった!損した!ぐぬぬっ!!!」とはならず「ああ落としたな。次は気を付けよう。」というい感じであると言います。

「心」を平常に保つ訓練をしていくと、モノが失われたり、盗まれてもほとんど「心」は苦痛を感じず、霧は晴れ心穏やかに過ごせるとのことであります。

元々人は「持っているもの」があれば「失いたくない」という衝動があります。ですからあえて「捨てる」ということが心の訓練法として有効であると述べています。(若干、方法というより気合な感じですね・・・)

やり方は厳密でなく、物を人にあげてしまっても、単にゴミとして捨ててしまっても良いとのこと。

そして、実際にやってみますと、これまで「所有する」ことが「安心」へ繋がると思っていたのが全くの見当違いで、実は減らすことが最も「心」が晴れすっきりしてくるのであります。その影響か人とのやり取りまでスッキリするかもしれません。

お金は自己肥大をさせる。お金から自由になろう

仏教で言われる「布施」も「捨てる」ことなのだと小池氏は言います。自分のしがみ付いているものを「捨てる」わけです。

お金はとくに「心」「自我」を刺激します。これだけあるから安心で、これだけの価値がある、と無意識に思っています。ですのでもっともっと増やしたいとなるのです。(お金欲すぃいぃぃぃ!!!)

お金はあらゆる物と交換できる(大体の人間の共通認識としてなっているのであります。)ので、所持金が増えるほど自分が所有し支配できると言う思いが無意識に増え「自我」を刺激するとのことであります。これもまた自らに「苦しみ」を増やすことに繋がってしまいます。

「じゃあどうしろっていうのさ?」となります。

小池氏は、日本人にはそうして貯め込んできたものを他人に使いたくないと思っている方が多いように見えると言います。

欧米人の方がその傾向は大きいような印象がありますが、大富豪と呼ばれる人たちは決まって巨額の寄付をするのだと言います。
慈善事業や、学生への奨学金、教会への寄付など。

こうしたことは、慈善活動の一方で他人へ迷惑になることをしていたりもするので、ある意味では偽善かも知れません。
しかし、溜まってきたモノを有意義な方向へ「捨てる」のは、自分の苦が増えることを防ぐことが出来るのでございます。

極端に言えば、1億円持っているより、それを捨てた方が本来は好ましい精神状態になります。(出来るほどお金を持ってみたい!)

そして、ただ捨てるよりも有意義なものへそれを使う形で「捨てる」方が良いのだということであります。
「所有する」ことで生じ続ける「苦しみ」は「捨てる」ことを通して解消されるとのことでございます。

気を付けるポイントとしては、ボランティアなど慈善活動は「感謝されること、されるべき」という「自我」を刺激するとあります。
自己評価を上げるためにボランティア活動するという風になりがちです。

しかし「他人への愛」が滅茶苦茶すくなくてもやってみて続けなければ成長しません。ですので、きっかけは偽善からでも用法用量をわきまえて行えばよいのですと、小池氏は述べています。

間違ったやり方では、出来る様にならないばかりか、出来るものまでフォームが悪くなってしまうように、自己評価を過剰に気にしながら続けると、「煩悩」「苦しみ」が増してしまいます。

できる限り自分を客観的に見つめ純粋な気持ちで行動できるように、訓練して生きましょう。
「捨てる」ことによって性格は改善されていきます。これは一般的な性格ではなく、仏教的な「煩悩」から離れるという意味とのこと。

私の実感としましても、ものを捨てることを通して、自分の中の「何かを失うこと」への「恐怖」は消え去り、「心」軽く、明るく生きていき得ることでございましょう。

バンバン捨てて、うっかり要るものを捨ててもまた買えばよのであります。

これで「捨てる」編は終了です
毎回長々とお付き合いいただき、有り難き幸せでございます。

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