考える考えない(4) 「見る」ことで「あがり症」も克服できる。

小池龍之介著「考えない練習」要約シリーズ。ようやく第四章でございます。

前回は「聞く」ことについて、要約を進めてきました。

前回の記事へ

そして今回は・・・

「見る」

ことについてであります。

「見る」とは!?

現代には視覚に過剰な刺激を与えるものが増えてきています。

出来るだけ大きな刺激のあるものは好んで視界にいれるのは避けた方が良いでしょう。と小池氏は言います。

視覚も「話す」「聞く」同様に自然の風景や、いつも会っている人の表情など淡い刺激のものには興味が持てず気が散りやすくなってしまうとのことです。

小池氏の仏道的観点からはっきり言われていることは、怒りを喚起させ心を混乱させるようなものは見ない方が良い。

乱雑になった部屋よりもすっきりした部屋を、人混みの中よりは静かな自然な風景を見た方が良いとのこと。

また、テレビでのネガティブな情報、バラエティーやお笑い番組の人を叩く、どつく、バカにして笑う等の表現は、見ている側の怒りや攻撃性「慢」の欲などを刺激するとのこと。

通常ではありえない事を言ったり、ありえない事同士を結び付け笑いにする。このような情報は、普段ありえないことなので、「脳」が無意識下で混乱してしまいます。(私はお笑い好きですが・・・サンドイッチマンとか・・・)

小池氏曰く脳が混乱してくると、人の話を自分が思いついたように思い込むなど「無知」を育ててしまうと述べています。

欲を怒りを刺激するものではなく、ニュートラル(過度な飾りつけされていない物、事柄)なものをしっかり見ることが、仏道的にも大切であるとのことです。

では、ニュートラルにモノを見るにはどうするかと言うと、ここでは歩いている時のことが書いてあります。

歩いている時は移動しているので、景色が流れ変化していく様子が見えると思います。これを普段であればほとんど気にしない状態になっていることが多いとのこと。

これを意識的に集中し「今標識が見えている~標識が目前に迫ってくる~通り過ぎ見えなくなった」のような感じで注意深く見ていきます。

そうすると、普段は何気なく面白味なく見えているものも新鮮味を帯びてくるとあります。更には、普段気が付かない部分にまで目が行き届くので、認知力や注意力が増してくるとのことであります。

人と接するときについての「見る」ことも説明されています。

相手は直接の行動や言葉に出さなくても、「怒り」や「欲」の煩悩は必ず出てくるとのことです。

ポイントは、目がキョロキョロしているのか、定まっているのか。定まっているけど下を向いているのか、こっちをしっかり見ているか等。
今まで定まっていても急に落ち着かない感じになることもあるそうです。

そうした時は、相手の「心」が「怒り」などの煩悩に支配されている瞬間であるとのこと。

顔の筋肉が緊張していたり、ごまかそうと作り笑いを浮かべていないか、特に眉間のしわなどは本人が意識していなくても寄っていることがあるそうです。

顔の表情には様々な「情報」が表現されるとのこと。するとこちらが相手の変化を無視してまで話しはしにくくなります。

話の流れ方向を軌道修正した方が良いというお知らせになります。身体が揺れるなどのサインも出てくるようです。

このように相手の「苦しみ」に気が付くことが出来る様になってくると、こちらはそれを緩和させる方向で動こうという余裕が生まれてきます。

反対に相手の「苦しみ」に無自覚だと、相手がより混乱したり、拒絶するような言葉を投げかけてきます。

そうして、相手の言動によってこちらが「苦しみ」に気が付かされると、大抵の人に起こる反応は「俺の話をこんな態度で聞くとは失礼な奴だな!ムキーッ!!!あ、う〇こもれちゃったな。」となる次第です。

自分だけが苦しくて、相手は苦しくないと思ってしまう。

しかし、本当は先に相手が苦しんでいるんだよなぁと気がつければ、相手を責めるような気持ちも少なくなって来るとあります。

前回までの内容でも出てきましたが、「見る」こについても、目に映る様々な出来事、人や物をそのまま観察することが大切であります。

不都合な事、都合の良い事、機嫌悪く横柄な人を見た、親切で好意的な人と接したなど。

「あぁ嫌なことが起きている。」「あぁこれはよいことだな。」とか「なんだか機嫌が悪いようだ。」「やたら良くしてくれるな。ありがたい。」という所までに留めておくという事です。

間違っても「あぁムカつく!ムキー!!!あ、・・・」とか「もっと良くしてくれ!気分いいなガハハッ!!!」などとやっては行けません。

また「煩悩」が「苦しみ」を連れてやってくること必至でございます。

あがり症の方などにお勧めな方法

あがり症の人に共通なのは「ダメな人と思われたらどうしよう、失敗して評価が下がったらどうしよう」

という「思考」が先走ってしまいます。(失敗を恐れる完璧主義であります。少しは薄れてまいりましたが、まだまだ非常に心当たりがあります・・・)

そこにいる人達との関係において「自分で勝手に考えすぎて緊張している」とのことです。

なので、あがり症の人はそこにいる人との距離感を観察することによってつかめれば、余裕が持てる様になります。

先程のように「あぁ笑ってるな。」とか「お、機嫌悪いのかな。」などです。

何度もリピートしますが、感情へ結び付けては行けません。

「笑ってる!俺チョー面白い人!!!。」とか「俺様の前で不機嫌になるなんて・・・ムキー!!!あ・・・。」
とやると、「煩人」へまっしぐらです。

その対処として紹介されているのが、目を閉じることです。

仏教において瞑想がありますが、これには完全に目を閉じるものと半分だけ目を閉じる半眼というものがあり、お寺などで仏像が半分目を閉じているものがあったりします。

この半眼の状態は、決して睡魔に襲われ寝落ちしそうになっているのではなく、目を閉じ気味にすることで「視界」から入ってくる情報を減らして、強い集中を作り出そうとしているようです。

あがり症の方など、常に人と接する中で「心」が動揺し乱れてしまっています。

そうした時に一度「目を閉じる」ことにより「情報」を遮断し「呼吸」に目を向けると良いとあります。

何故「呼吸」に目を向けるかはかいてありませんが、私の感覚では、動揺し混乱している瞬間は、

その不快な事柄に「集中」し捕らわれているので、目を閉じたときに他に「集中」しやすいものが「呼吸」なのかなと思っています。

恐らくそのような状況では「呼吸」以外に集中しやすいものがないからかなぁと・・・

とにかく、他人との関りの中で「自分で勝手に考えすぎて緊張している」ような反射的な「思考」を止めてしまうことが大切であるということであります。

そうすると、何を話すべきかなど本来の自分に立ち戻れるとのこと。しかし、この方法が絶対で「これをすれば必ずこうなる。」と言うような発想はまた「煩悩」を生むのでやめましょうとのことです。

何事も良い例を参考に自分なりの良い方法を考えていくのが大切なのでございます。

ここまで自分が他人を「見る」ことについてでしたが、こちらが見ているという事は相手もこちらを「見る」訳ですので、動作や表情によって相手に何らかの反応を起こしてしまうとのことです。

無駄な動きや表情で相手の「煩悩」をくすぐるようなことはせず、なるべく静かに丁寧な動きをすると良いようです。(これが一番難しいYO!)

できるだけ自分の動きや表に自覚的であることが大切であると、小池氏は述べてこの下りは終わっています。

今回は「見る」でしたが、「見られる事で人はモノになってしまう。」なんて話もあるくらいですね。(詳しくないですが量子力学とかにありますね。)

人の視線に動揺する気持ちは、以前の自分は色々酷かったので今回の内容は大いに助けられたのであります。

中々実践しても上手く行かないこともありますが、こういう時こそ「あぁうまくいかないなぁ・・・」と観察して参りましょう。

しつこくなりますが、間違っても「こんなに頑張ってるのに上手く行かない・・・ムキーッ!!!あ、う〇・・・」とならないよう気をつけて下さいませ。

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