三重の「伊雑宮」御田植祭と静寂のパワースポット!!!

こんにちは。今回三重県の「伊雑宮(いざわのみや)」なる所へ行ってまいりました!!!

「伊勢神宮」と関わりあるらしい、様々な謎のある神社のようです。

こじんまりしていますが、とても空気感の良いパワー溢れる場所でした。

それでは画像と共に紹介していきますね!!!

パワースポット「伊雑宮」「天照大神の遙宮(とおのみや)」とも呼ばれています!!!


「伊勢神宮(いせじんぐう)」の別宮の一つとされている「伊雑宮(いざわのみや)」は三重県志摩市磯部町上之郷にあります。


現在は小さなお宮ですが、昔はもっと大規模だったという話もあります。

凄く空気がスッキリしていて気持ちいい!!!

ちなみにここは駐車場で割と台数が停められます。

無料でございます。

伊雑宮(いざわのみや)

伊雑宮は「いぞうぐう」とも呼ばれ、三重県志摩市にご鎮座される、皇大神宮の別宮です。

「万葉集」に大友家持(おおとものかねもち)の

「御食つ国 志摩の海人ならし 眞熊野の 小舟に乗りて 沖辺漕ぐ見ゆ(みけつくに しまのあまならし まくまのの こぶねにのりて おきべこぐみゆ)」

の歌が残るように、志摩地方は、風光麗しく海産物に富み、古くから朝廷と神宮の御料を貢進した御食国として知られ、「古事記」にも「酉の速贄(はやにえ)」(志摩から朝廷に納められる初物の海産物)として登場します。

伊雑宮も古くから、皇大神宮の「遥宮(とおのみや)」として広く信仰を集め、また地元の人々によって海の海の幸、山の幸の豊穣が祈られてきました。

伊雑宮公式パンフレットより


パワーを感じる神社などは必ず大きな木が生え育っていますね!

良い土地を選んでいるからでしょう。

昔は気脈を見る職業があったそうですね。

巫女さんなどもそういったモノにあたるそうです。


球根のような、象の足のような・・・とにかくメッチャ大きかったです!!!

木の精霊が出てきそう・・・いや、いるんでしょうきっと・・・


境内は静かで、良い気に満ちている気配がありました。

木がメッチャ斜めってる・・・斜に構えた木だな。

「伊勢神宮」が大きな宇宙だとしたら、「伊雑宮」は小さな宇宙って感じです。

縮小版ですね。


井戸があります。

お祭りなどの行事で使うのでしょうか?

古くからありそうな建物や井戸はいつも気になってしまいます。

「伊雑宮」の歴史や御祭神など

こちらは「伊雑宮」拝殿周辺です。

雰囲気としては「内宮」周辺と似ている印象を受けました。

伊雑宮の御祭神、由緒と歴史

ご鎮座の由緒と歴史

当宮の創立は、約2000年前、第十一大垂仁天皇(すいにんてんのう)の御代といわれます。

御祭神は、天照坐皇大御神御魂 (あまてらしますすめおおみかみのみたま)。

「倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)」は、皇太神宮ご鎮座の後に御贄地(みにえどころ)を定めるため倭姫命が志摩国を巡行された後、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が豊かな稲を奉り、この地に神殿を造営したと伝えます。

また延暦23年(804)年朝廷に提出された「皇太神宮儀式帳(こうだいじんぐうぎしきちょう)」にも宮名が見えることから、少なくともそれ以前から神宮の別宮として位置づけられていたと考えられます。

志摩地方は奈良時代以前から海洋部族であり、彼らがお祭りしていた神の社と、当宮のとの関係については様々な説が挙がっていますが、いつから朝廷が関わることになったかなどは今だに明確ではありません。

鎌倉時代に編集された「吾妻鏡」には、源頼朝が神宮に祈願した際、神馬(しんめ)を伊雑宮に送ったと記されています。

この頃、神領を守るため、伊雑御浦装惣検校職(いざわおうらそうけんぎょうしょく)が置かれましたが、室町時代以降は力が衰え、江戸時代初期、二度の仮殿遷宮(かりどのせんぐう)は、磯部の郷人の手によって行われました。

中世になると伊雑宮にも御師が現れ、名桜から慶長(1492~1615年)の頃には檀那(特定お寄進者)を持つに至りました。

やがて、伊雑宮の神格を高めようと、磯部の御師の間に、内外両宮は伊雑宮の分家であると言う主張が生まれます。

「日本書紀」にある「磯宮(いそのみや)」、「倭姫命世記」の「伊蘓宮(いそのみや)」などが伊雑宮であるとの説を立て、神訴に及ぶことが重なりましたが、明暦4年(1658年)朝廷からの綸旨、裁決によって伊雑宮は内宮の別宮と定められました。

地元の人々との長く深いかかわりにより、伊雑宮には高欄をめぐらし金銅金物を奉節するなど他の別宮とは異なる点がありましたが、明治42年(1909年)度の遷宮から他の別宮と同じ建築様式に改められました。

伊雑宮公式パンフレットより


表札。

御田植式(おだうえしき)

伊雑宮の御田植式はきわめて古雅な神事で、「磯部の御神田(おみだ)」の名で国の重要無形民俗文化財に登録され、日本三大田植祭の一つとされます。

毎年、宮城の南に隣接する御料田で六月二十四日(六月月次祭当日

)に、花管笠を被った早乙女や、赤い振り袖の少女の姿で田船に乗る太鼓打ち少年、素襖烏帽子(すおうえぼし)の囃子方など、色鮮やかな装束を着けた地元の人々によって、華やかに行われます。

参拝、修祓(しゅはつ)の後、まず早乙女等が御料田に下り、手を取り合って回る「苗取り」が行われます。

次いで、御料田の畔に立てられた大うちわを三度扇いで倒し、近郷漁村の青年達が下帯姿で勇壮に竹を奪い合う「竹取り」が行われます。

続いて御田植となり、一列に並んで植えてゆく間、謡方(うたいかた)、小鼓方(こどかた)、笛方(ふえかた)、ささら方、太鼓方(おどかた)が調子をそろえて囃します。

半分を上終った頃休憩し、少年二人による「刺鳥差(さいとりさし)」の舞踏や、乾若布(ほしわかめ)を肴に小宴を行い、植え終わると一同の「踊り込み」で再び伊雑宮に戻り、童男の「納めの仕舞」で幕を下ろします。

式は午前十時から夕刻まで、一日を掛けて行われます。

調献式(ちょうけんしき)

10月25日(神嘗祭当日)に、海の幸、山の幸を神前にお供えし、神恩に感謝を捧げるお祭りで、志摩地方一円の秋の祭りとなっています。

御祭(ごさい)

旧暦6月25日に行われる、崇敬者の夏祭りです。

伊雑宮公式パンフレットより


昔はもっと豪勢に装飾などがされていたようですが、現在は先ほどの説明書きにもあったように伊雑宮の神訴問題などを経て、「伊勢神宮」にあるその他の別宮と同じ建築様式となっています。

それでもとても静寂を感じられ落ち着く場所でした!


抱き着きたくなる太い木々に囲まれております!

感想&基本情報


宮大工の方でしょうか、作業していたので挨拶しつつ、「伊雑宮」を後にしました。

ちなみに、「外宮」「内宮」と同じお守りが販売されていましたね。

志摩地方に行かれたら是非寄ってみてくださいませ。

とても良いところでしたよ!

「伊雑宮」基本情報

住所   〒517-0208 三重県志摩市磯部町上之郷374

電話   0599-55-0038

拝観時間 24時間

拝観料  なし

駐車場  あり

トイレ  あり

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初めまして。旅助です。 昔から、何だか色々上手くいかない違和感を感じて生きてまいりました。 旅行読書などから勉強し心が少し軽くなりまして、心の平穏を得つつあります。 ブログを通して、少しでも読んでくれた人の心が軽くなり、書いた情報がお役に立つよう精進してまいります。 よろしくお願いします。