淡々と只管に~旅と勉強の記録

道端のお金をやたら発見する。不思議体験。

time 2017/05/16

道端のお金をやたら発見する。不思議体験。

こんにちは。

今日は最近の私的不思議な話を書こうと思います。

変な人が書いていると思って読んでくださいませ。

こういう話は好き嫌いがあると思います。

読む読まない、信じる信じない自己責任でよろしくお願いします!

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最近かなりの頻度で、道端にお金が落ちているのを発見する

唐突過ぎて、「はい?何言いたいんだ?」と思われたかもしれません。

そのままなのですが、やたらお金を拾う・・・否!

落ちているのを見かけるんですよ(笑)(そりゃあもう交番に何度も届けて大変でしてねぇ・・・)

どいういうことかといいますと

お金が大好きな自分になって来たんです・・・ここ最近。

引き寄せるとか、脳みその検索モードやら色んな角度から色んな人が話をしていますが、「お金を受け入れる。」自分になったという所でしょうか。

思うだけで人生が変化して望みが叶ったら苦労せんわ!!!と思っていたのですが、最近信じざるを得ない事柄が多く起きているのです。

この辺りは証明のしようがありませんので、自分が実際に気を付けたこと起きたことなどを書いてみようと思います。

思い込みと自分の現実

詳しい話は参考文献がいくらでもあるので読んでいただくとして、現実というのは自分自身の内面にあるイメージが反映されたものであるようだという事です。

自分の観念、思い込みというのは静かに自分の内側を観察しないと見えてこないようでして、今回でいえば「お金は好きだよ!」とか思っていても。

誰かがただで大金をもらったりしますと「羨ましい、あいつは楽にお金を手に入れていいよな。」やら。

直接的にお金を得なくとも、実家暮らしの人や、豪邸やマンションを相続して楽チンに暮らしている人を見ると「あいつは楽してる!」やら「ボンボンはいいよな」なんて思わないでしょうか・・・

昔の自分なら絶対思ってましたね。

昔の私の話→高卒で勘当された話

公務員辞めたいと悩む方へ。退職までの実体験の記録。

これらの感想は

「俺は楽してお金をもらうようなことはないのにズルい!」ですとか

「あいつにはお金があるけど、俺にはない!」

というようなイメージ価値観をもっている裏返しの感想だという事です。

これらの裏側にある望みは「お金が欲しい」「豊かになりたい」

もっと掘り下げれば「心地よくありたい」「幸せでありたい」などの願望が見えてきます。

今回はその辺りは放っておいてっですね・・・(自分自身がまだまだ感覚で理解できていなので・・・)

今回は↑の様な前提のもと自分に起きたことが面白かったので参考になったり面白いなと思ってくれれば本望です。

起きたこと

2日連続で道で効果を発見し、その後入ったお店で買い物をしたら値段の端数をおまけしてくれた。

タダでご飯を食べれることが続いている。

飲食店の食券を買うときにお釣りが多く出てくる。

ラーメン屋で何故か本来ないはずのチャーシューを大量に盛ってくれた(笑)

え~とこのくらいなの???って思った方は、相当運が良くてこのくらいは頻繁に起きている、もしくはちょっとした幸運に気が付かない程何か焦りの様な観念を持っている可能性がある。

のではないかと思います・・・勝手に・・・すいません。

というか自分がそうだったからこう思うのです。

チョットしたラッキーすら起きていなかった(様に感じていた。)ころはこういう小さな幸運を過小評価し、最低でもうん万円入らない限りラッキーとは思っていなかったような気が致します。

ちなみに精神的な話でいえば、起きることに大小はなくて、それぞれが只々フラットに存在している事柄なのだそうです。

何が言いたいのかと申しますと、1円拾おうが、100万円拾おうが、ラッキーの大小はないという事です。(実際はかんじたとしてもです。)

今回の事で気が付かされたのは「ラッキーと思われる事」が多く起きていれば、起きたことに関する(今回の話ではお金ですね)何らかの価値観イメージに変化が起きているのではないかという事です。

もし「お金がないぃぃー!?」「お金が欲しいぃぃぃーバァァーッ!!!」というような価値観や思い込みが強ければ、先の内面のイメージが現実をつくる前提に立ッた場合。

ラッキーに感じるお金にまつわることは頻発しないはずと思われます。

むしろ失うようなことが起きるのではないかと思います。

宝くじ当たってもやがて昔の生活水準に戻っていく恒常性、コンフォートゾーンの様な感じで。

気にしている事

本当当たり前すぎますが、ラッキーで手に入らなくても、お金をおろすときや財布にお金を見たとき、ご飯を食べている時に「あぁお金はあるし、ご飯もちゃんと食べれて生活できている。」とたまに改めて感じてみるようにしています。

当然の有り難い事に目を向けるというか、「お金や富が今ここにある。」ということを感じるという事ですね。

金額の多寡でなく今持っているモノに目を向けるというやつですね。

ついついお金を使えば「今月はお金が~」「こんなに使っちゃったなぁ・・・」なんて思ったりしていないでしょうか?

不足に目を向けるよりも、「お金を持っているから買えた。」「これだけ使えるほど持っていたんだ。」とか。

言葉がどうこうでなく「充足している」「望むものがある」という所に意識を持っていけると、精神的な不思議なお話し的には良いようです。(本当は良いも悪いもないとのこと。)

もっと分かりやすくかければいいのですが、何故か最近ツイているので書いてみました。

理解が進めばもっと記事を書いてみたいのですが、実体験と理解が進まないとただの胡散くさい記事になってしまうのでまた何かあれば書きます。

体験と言ってもブログでは証明しようがないんですけどねぇ・・・(笑)

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プロフィール

旅助
名前:ダーシヨ(旧 旅吉)
年齢:31歳
男性、独身
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ブログを通し、自分の価値観を変えて生きたいです。