考える考えない(9‐2) 「仏道」と「引き寄せ」「善友」を持とう。

前回は「慈悲」についてまとめました。
今回は続編でございます。

前回の記事

長く続いた、小池龍之介著「考えない練習」要約シリーズ。
クライマックスへ向け書いてまいります。

決まりを守らないと、心はマイナスなものを引き寄せる

なんとも恐ろしい見出しでございます。

仏道には「善友」という言葉があるとのこと。お互いの「心」を成長させてくれる、かけがえのない友達のことです。

しかし、お釈迦様の教えは、必ずしも「万人と仲良くしよう。」などと言った。博愛主義、偽善的な感じではなく。

もっと厳しく、お互いが落ちぶれていく関係や、「煩悩」が増えるような自分が堕落していく付き合いや相手からは距離を置いて離れなさいということでございます。

人と関わるとき必ず、心が穏やかで清らかになる。もしくは猛々しく濁っていくのか、必ずどちらかの反応になるそうです。

者のような気持ちのすさむ相手は避けなさいとのことなのであります。

仏道は、人間関係のみならずすべてがこの法則より成り立っていると、小池氏は述べています。

何か行動すること話すこと、そして心の中で思うことすべてであります。

その行為によって、「心」が穏やかに休まるのか、荒れ果てて休まらないのか。

汚れるようなことを言ったならば、言葉を遮り止めなさい。猛るような行動をしたならば行動を遮断しなさい・・・ということが仏教における「戒(かい)」つまりルールでございます。

「考え」と「行動」を厳しく律することを基準とし、「心」の乱れを防いでいくのであります。

親子や師弟関係、恋人に友人、同僚など「善友」になれるときもあればなれない時もあります。

人は必ず相手の影響を受けますので、誰と付き合っていくかはかなりの一大事なのであるとのこと。

仏教でいう「戒」というのは、法律などのように無理やり強制されるものではなくて、自分が自身に課すものです。守も守らぬもその人の自由。

仏の道は歩みたい人が勝手に歩めばよいものだということです。去る者追わず、来るもの拒まずでございます。

しかし、「戒」を守らないでいると様々な「刺激」で「煩悩」が増え不幸になるので、守るほうが良いとのことです。

「心」を守るために自らに誓うルールでございます。(私の経験では、自分の決め事を破るときは、自分との約束を守れなかったと、どんどん「心」に負債がたまり気分悪く生きることになってしまいました。)

なので、自分に悪いことが起きて他人が憎たらしく見えても、それは自分との約束「戒」を破り自らがマイナスなモノを引き寄せただけのことなのです。

子供を親の都合で育てず、受容すること

ここからは、「子育て」に関することであります。
子供は大抵、親や学校の先生から褒められたり叱られたりして成長していくと思います。

しかし、人の言うことを聞いたときに褒められて、思い通りにしなければ叱られる。これがずっと続くと「言いなりになる人間こどもが欲しいだけで、言う通りにしなければ捨てられるんじゃないか?」とこどもは感じてしまいます。

無条件に愛されるという、親からの安心を得られず、寂しい気持ちになることでございましょう。(大いに心当たりありなのであります。)

褒められればうれしい、しかし「~をしたから」という条件付きであることは何となくわかっているのだと、小池氏は述べています。

私事ののですが、人生における失敗は何となくであっても、大分成長するまで、条件付きで愛されていることに気が付けなかったことです。
その未熟さに気が付いた時出遅れた感が満載でしたが、しんどくきつかったのも、今は昔でございます。

過剰にほめたり叱れば、こどもはどんどん歪んでいってしまいます。

こどもは放っておけば、自然にやりたいことをやりますが、拒絶されることは「恐怖」ですので、褒められるような方へ自分を変えて行ってしまいます。同時に操り人形になることに対して「恨み」も心に溜めていきます。

重要なことは、親のわがままによって、こどもは受けえ入れてもらえていないことを感じ、寂しさを感じながら生きていくことになって今います。

ではどうすれば良いのでしょうか?
こどもに接する方法として、例えばテストがあって、こどもが点数を知らせてきたとします。

「90点だったよ。」これに対し「90点取ったんだね。良かったね。」という調子で返します。

「30点だったんだ・・」これに対し「30点だったんだね。いろんな点数で面白いね。」と返します。

このように、点数に注目してこどもと話すのではなくて、「こども自身」に興味がるという態度で接するのが大変重要なこととあります。

親というのは、自分のできなかったこと、上手くいかなかったことを、子供を通して自己実現しようとしてしまうそうです。

そこで、こどもが思い通りにならないと願望が達成されないので、褒めたり叱ったり、手を尽くし技を凝らして支配しようとします。

幼児期は大変重要で、特に受容する態度が大切とのこと。
本当に小さな3才くらいまでは、様々なことへ目くじらを立てずに、「大丈夫だよ。」とこどもとの信頼関係をつくるのが重要とあります。

壊されては不味いもの、触って欲しくないものなどは、あらかじめ閉まっておくか手の届かないところに置いておくなど。

叱ることをしないでいいような環境を整えておくのも、大事な親の務めだとのことです。

そして、言葉を理解するようになってきたなら、場合によっては叱ることも良いとあります。三年の積み重ねによる信頼関係があるので、無意識に、親は何もないのに自分を否定しないと分かっています。

つまり、これには何の意味があって言ってるのかを「考え」やすくなるのでございます。

言うことを聞かず困るような場面だとすれば、

「あなたが騒ぐと私は嫌な思いをする。あなとを嫌いなのではなくて、大きい音が嫌な気持ちにさせるんだ。だからやめてくれないか。どうしてもやめられないなら、ここから私も出ていかないとイケない。一人で寂しくなるけど仕方ないね。」

一人の人間として対等に接し「交渉」し一方的に出なくてこどもにも「選択」させることが大切であるということです。

私も甥っ子がいまして、こどもというのは不思議と一方的に怒らず、「説明」するように話すと凄く理解してくれるのです。

以前一人一個で買ってきたプリンを、甥っ子がいくつも食べようとしたので、「みんな一個ずつだから、君は一つ食べでしょう。1、2、3・・・みんなに一個ずるだね。」と言ったら「ぐぬぬっ。食べたいが致し方なし。」という顔をして我慢していました。

私より我慢強いじゃないか、凄いなぁと感じたのでした。

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「降伏」する人が鍵を握る

「降伏」するとは、どういうことでしょうか。

自分の心の動きを観察し、弱みや歪み素直に打ち明けるてみることは、人を説得する時や、話を聞いてもらう際には非常に役立つとのことです。

自分を「支配」する「煩悩」を他人に見せてあげる。猫や犬がおなかを見せるようなことですが、このように「降伏」した人に、悪意を持ったり意固地になるのは難しいことだとあります。

誰もが自分を嫌な人間だとは思いたくない。こうした「煩悩」が人間には潜在的にあるので、それを自分から認め、なおかつ他人にさらけ出すなど、普通は狂気の沙汰であり、かなりの抵抗を感じるものだとあります。(私も未だに中々できません・・)

自分の欠点などを認め全てさらけ出せればその効果は大きく。「心」も安らかになっていくことでしょうと、あります。

本当の真実を見つめ、自分の「心」を見つめたならば、勝手に自らが変わっていくのだそうです。

歩き方が乱れていると知れば、歩き方が変わる。

話し方がおかしいと気が付けば、話し方が変わる。

自分の「心」のでこぼこに気が付けば、心の持ちようが変わってくる。

全ての章でありましたように、自らをよく「観察」し「なんだこれは!?」と気が付くことによって、人はタフに成長していくのだそうです。

しかし、どんな人でも全ての「煩悩」をコントロールすることはできないとのことです。(私などまだまだ煩人でございます。)
人は嫌なことは見ず、無意識に目をそらし、都合の良いほうへ流されていきます。

これが仏教での「業(ごう、カルマ)」です。

その「業」に惑わされず、自らの欠点や嫌な部分を認め、全てを相手にさらけ出す・・・

「降伏する」この勇気を持つ。誰もが負けたくない、張り合いたいと思っています。

けれど、「負けるが勝ち」という言葉もあるように本当は先に「降伏」し負けられる人が、カギを握っているのです。それはもつれ絡み合っている関係を解き放つための重要なカギでございます。

最後に小池氏は、こう述べています。

まず、人を出し抜こうとする、弱みを見せたくないというプライド、「慢」を捨て去ること。

お互いが「心」を律していくことによって、親子でも、師弟関係でも、恋人や同僚も真の「善友」になれるかどうかが、決まってくると申せます。

それが自分を「育て」、相手を「育てる」ことにつながるのです。

これにて、「考える練習」要約シリーズは、ようやく終わりなのでございます。

ここまで長く付き合ってくれた方がいましたら、本当に感謝なのであります。

まだ本当に、ブログも書き始めたばかりなので、もっと読みやすく書ければよいのですが・・・また自分が助けられた本などをまとめて行こうと思うので、なるべく読みやすく、利益になるよう書けるよう精進いたします。

とにかくこの本は大変勉強になりました。

いろいろ迷って不安ばかりだった自分を救ってくれた本のなかの一冊です。ありがたや。

それでは、アデイオス。

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