考える考えない(6) 「食」と「心」ダイエット失敗!の理由とは?

いつまで続くのか、小池龍之介著「考える練習」要約シリーズ。
前回は「書く」こと「よむ」 ことについて記して来ました。

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今回は「食べる」ことについて書いていきます。

「食べる」とは

小池氏は、現代では、瘦せるため健康食品、ダイエット本やDVDに様々な器具が出回っていますが、今の時代はみんな食べ過ぎであると述べています。

適切に食べる訓練をしていないことが、問題の本質であると言います。

「ダメッ!」と禁じられるほどにしたくなってしまう脳の不思議

なぜ現代に生きる私たちは食べ過ぎるのでしょう?それは「満足」することを知らないからだと言う事なのであります。

「食べる」ことについて「満足」出来ないのは、まっとうに「空腹」を感じる前にお菓子などの間食などをしてしまったり、いつもの食事の時間だからとお腹が減っていないのに食べてしまうからとあります。

本来「空腹」で「食べる」なら生命の身体構造上「満足」は得られるはずです。

当たり前ですが、私の経験上「空腹」時のご飯は何を食べても美味いし最高です。→当たり前杉。

他には、食べることがストレスの解消につながっていて、美味しいものを求めて沢山食べてしまいます。

食事の後は消化のため、お腹に血液が集まりお腹いっぱい感も手伝い、深く物事へ集中できなくなって「ノータリン」になってしまいます。

先程ダイエットの話が出てきました。食べ過ぎれば当然、太りますのでダイエットが必要になってきます。

なのですが、「痩せたい」と考えるほどにダイエットは失敗してしまい実現しません。

もともとストレスがあり、それをごまかすために食事をしているからこそダイエットが必要なほど太っているという事です。

食べるでストレスを解消しているのに、無理にそれを止めてしまうとストレス解消が出来なくなってしまいます。

これは、普段から「食べる」ことで様々なうっぷんを晴らしているので、「食べたイィーッ!」というクセがついてしまっている状態です。

しょっちゅう食べたい食べたいと「煩悩」がうずくのですが、その度に「食べちゃダメッ!」と否定するので、次々と新しい不満が作り出されて行ってしまいます。

もともとの「ストレス」があって「食べる」ことで誤魔化していたのに、「誤魔化しはイケナイ。」と否定するのでイライラは増幅するばかりです。

他の章でも出てきましたが、これは「意識」がどこへ向かっているかということであると言います。

ダイエットをしなければ・・・こう思い始めると、人間不思議なものでより一層「食べる」ことへの欲望を募らせてしまいます。

「焼肉ぅぅ!スウィーツッゥウーー食べたぁーい!!!ムキーッ!!!あ・・・」となるわけでございます。

食事について「意識」しないことがダイエットの一番の近道であるとのことですが、我々の「脳」はやってはいけないと

「禁止」した分、そのことについて余計に「考え」がこびりついてしまうとのことであります。

それはやがて許容量をこえてしまい、理性のダムは決壊し「爆食」へと私たちを走らせるのでございます。

「足る」 を「知る」ことで自分の適度な食事量をしろう

先程の通り、長期的に見た場合食事制限では失敗する可能性が高いのであります。

「じゃあどうすりゃいいのよ?和尚???」という事に対して、他の章でも度々書かれている。

「感覚」に集中することだとあります。

「食べる」ことであれば、口に感じる食材の食感、料理の香り、そういったものをボケ~っと感じるのでなく、しっかりと「味わう」ことが大切なのであります。

食事中に「今日は何があった。」とか「この料理名はなんだったかな?」等ぺちゃくちゃと、おしゃべり野郎になっていると「味わう」ことが遥か彼方へかすんでしまい。私たちの「心」は「食べている」ことを十分に感じられず認知できません。

そうしますと、「脳」や「心」は「満足」していないので、「どうした?箸が進んでいないじゃないか。もっと食べてブタになりなさい。」と指令を飛ばします。

このような食べ方は増々「脳」へ「食べる」ことの情報が伝わりにくくなって行ってしまいます。

反対にゆっくりと「味わい」ながら自分の身体が必要な分、満たされる量だけ食べれば十分「食べた」実感が出てくるので「慢測」し「足る」を「知る」ことで自分の最適な食事の量を知ることができ、食べる量もへり丁度よい感じになるとのことです。

ここで小池氏が普段指導しているという食事の稽古が紹介されています。
(私などは阿呆ですので、「食べ物くらい好きにやらせてくれよ。和尚。」と思ってしまいますが・・・)

食べることを訓練する

考えない食べ方、其の一「一つ一つの動きに意識を集中させる」

食事をするときには、必ず身体を動かします。普段はこんなことは考えないと思われます。

その動きを一つ一つボケっと行わずに、「意識」を集中させて「今ごはんを箸で口元に運んでるッ!運んでるゥッウゥッー!!!」という感じで行います。

真面目にやりますと、手の筋肉を感じつつ手を伸ばし、食器を掴めば「今食器に触れた。」と集中しながら口に持っていき、口に入れたら「口に入ってきたな。」と舌への触感を感じる様にします。

さらには、ここですぐに噛みしめてしまわずに、手に取った食器や箸などを元の場所に戻します。

これによって、完全に「食べる」ことへ「意識」を向けることが出来るようになり、ボケっとした食べ方がなくなります。

(私も早速やってみましたが、じれったいことこの上ない!しかし、いつも相当適当に「食べて」いるんだなと実感が湧き。本の内容も実感として感覚を得ることが出来ました。)

考えない食べ方、其の二「舌の動きに集中する」

先程食べ物が口に入りました。噛むこと、味や食感に集中するため、ここで目を閉じます。

噛めば噛むほど、口の中の食べ物がバラバラになっていきます。

普段は下の動きに注意を払ったりはしないと思いますが、下は絶えず動き口の中をしたが回りながら、食べ物をかき混ぜたり、味を感じたり、食感を感じたりしています。

膨大な情報の量がそこにあるのが、普段は考え事をしていたり、「意識」他のことへ奪われているので、「食べる」ことから入ってくる「情報」は感じられなくなってしまいます。

これは体に良いとか、栄養を考えるとこのぐらい摂ろうとか、そういったことは普段は余計なことに囚われてすり抜けて行ってしまっているとのことであります。

しかし、今それに集中し、舌の動き、舌が触れる食物の食感。噛んでいる感覚、味や食感の変化・・・こうした感覚をずっと追い続けます。

飲み込むときにも、テキトーに飲み込まず、今口から喉を通って、嚙み砕いた食べ物が胃へ向かていくのを感じます。

もし、ばっと飲み込んでしまったら「雑に飲み込んでしもうた。」と感じ取るようにします。

こうして、全てに集中していると、瞬間瞬間に移り変わる「情報」の量はとても膨大でたくさんでございます。

あまりの「気づき」の量に他に考え事をする余裕などなくなるはずです。

逆に余裕があるということは、集中していないという事ですね。

このように食べることへの練習を続けるうちに、いままでないがしろにして来た様々な細かい「現実」が見えてくるはずだと、小池氏は述べています。

しっかり食事に取り組めば、「充実感」や「幸せ」は「何をたべているのか」などという事とはほとんど関係のないことであるとあります。

大切なのは「食べることにしっかり集中し、食べ物、食べるという事に意識が集中しているか」ということによって決まるのだということでございます。

以上が「食べる」ことへのまとめ解説でございます。

しかし、思い付きで始めたこの要約シリーズは、意外と骨が折れますが、読んでくださっている方のお役に立てれば幸いであります。

なのですが、一番勉強になっているのは、読み返してまとめている私だと思われます。ありがたいことでございます。

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