矛盾を許す。物事に整合性を求め過ぎないことについて。

こんにちは。

今日は最近気が付いたことについて、つらつらと述べていきます。

毎度あれなんですが、個人的な気付きですので読むも読まぬも、活用するもしないも自己判断でお願いします。

自分が少しずつ変わる過程を書いて行って昔の自分のように彷徨ってる人に役立てば幸いでございます。

今回は「矛盾」についてです。

仕事でもプライべートでも「言ってたことが違うじゃん。」みたいなことってありませんか???

私はしょっちゅうです。

そして昔は一々腹を立てていたような気が・・・そしてそれを辞めたら大分視界が拓けました。

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勉強し変化していけば過去と「矛盾」するのは当たり前

こういう記事を読んだくれている方は、おそらく「変わりたい」とか「何かを解決したい」とかそういった気持ちがあるのではないでしょうか???

いつもまとめず突然書き出すので、書きながら思いついてくるので分かりにくかったり話題が少しずれて行ったらごめんなさい。

まぁ今回の記事は「矛盾」ですからね(笑)御愛嬌。

それで「変わりたい」と思ってる割りに「変わらない」日々に嫌気がさしたりしませんか・・・

私は物凄く嫌でした。

だって毎日がそんなに楽しいと思えないでいて、良いことなんてないんですから・・・(今思えばただの被害妄想ですけどw)

今思えば変われなかった原因はタイトルの「矛盾」を許せなかったことですね。

自分が「矛盾」したことをしないように非常に真面目に生きていました。

そして「矛盾」しないことを他人や起こること全てに強要していた気がします。

私の場合ですが、自分が変わったらその結果「他人」や「眼に見える世界」も変わりました。

私の場合と言いましたが、もし「変わること」は「自分を含め他人や世界も変わる」事だとしたら・・・

自分だけ変わるということはあり得ないのではないかと。

人に正論を振りかざし(矛盾を許さない)人はどこか堅物で余裕がないような気がします。

昔の自分のことなんですが・・・(笑)

その「硬く余裕がない」感じというのがそのまま「変化」が流れ込む隙がないってことなんだと思います。

自分で変わるチャンスに蓋をしている・・・というかそもそも勝手に変わっていくもんだと思いますが。

他人を縛れば当然自分も縛られるんだと思います。

自分も他人も本当は「一つ」であるとか「潜在意識」でつながっているとか・・・(言い方は色々ですが同じことだと思いますが・・・)

その話は今度にして・・・

兎に角!変化するのが普通だとお釈迦さまも言っているわけで「諸行無常」なんだと。

「変化」を拒むから実は苦しむことになるんじゃないですかねぇ・・・

例えば川に浸かって流れに逆らったり、海で波に向かってパドリングしてみたり流れに逆らうと・・・結構しんどいですよね。

これが「矛盾」を「変化」を許せない状態なんじゃないかと。

自分が変わったと認識できる人には、目に映る現実の(変わる前の自分から見た)一見「矛盾」した状態も「まぁいっかぁ」と愛せるかと思います。

「あぁ矛盾を感じるってことは、自分が変わったんだなぁ~」みたいな感じで。

言葉で説明するのは難しいですね・・・

自分がちゃんと正しく(今振り返ればそう思ってるだけ・・・)ルールを守っているのにそれを破る「他人」が「矛盾」が許せない。

んんん???

こんな感じで、昔の私は「変わりたい」はずなのに「変わらない」を強く抱きしめてしまっていた気がしますね。

歴史の逸話でも最強の「矛」で最強の「盾」を突いたら両方壊れてしまった訳じゃないですか?

折角なら両方ゲットすりゃ超最強なのではと。

自分の力も他人の力も合わせりゃ良いみたいな。

まとめ&結局「矛盾」について何が言いたいのよ?

あぁ、個人的にはまとまってるか良くわからなくなってしまいましたが、「矛盾」という「感覚」は良い悪いは置いておいて「変化」があったということなのではないでしょうか???

自分の中で悪であるという「矛盾」という言葉に対する定義を「変化」させてみるのはいかがでしょうか???

こんなまとめで良いの!?

良いんです。たまには自分に緩くしてみてもいいんじゃないですかね。

今回はこんな感じでした。
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